counseling times

カウンセリングタイムズ

生きるのに条件や許可など要らないのです。

 

誰かの許可をもらいながら生きてきた

 

僕は自分で決めるということを苦手としています。

誰かに「〜〜したい」と言われたのなら、少々無茶ぶりだろうがやってしまいます。

 

「明日の休みに出てきてもらえるかな?」

 

そう言われると、休日に予定があろうが無理矢理にでも、その期待に応えようとしてしまいます。

それで、自分の心もカラダも人間関係もボロボロといった状態になることも、多々あります。

 

自分は断ることが出来ない性格なんだなぁ〜。

そう理解していたのですが、最近思うことは自分に許可を出せないんだということです。

 

 

私はここにいてもいいですか?

 

こんな風に誰かに許可を求めて生きていたのかもしれません。

 

コレを食べていいですか?

好きなことをしてもいいですか?

幸せになってもいいですか?

 

一見当たり前のことでも、許可を求めていたのです。

 

この感覚は説明しにくいのですが、

誰かの顔色を見ながら生きてきたという感覚でしょうか。

 

いい子にしていたら、ここにいてもいいですか?

このキャラを演じていたら、嫌いになりませんか?

 

その多くが条件付きの許可書をもらおうとしていました。

 

しかし、その条件は決して自分をラクにしてくれることはありません。

常識や当たり前、普通という言葉の名が付いた条件で自分自身を縛り上げてしまっていたのです。

 

『いい子にしていたのに、なんで愛してくれないの!?』

 

なんて相手に詰め寄った所で、相手は最初から条件など出してはいないのです。

もちろん、条件を満たしても、許可をくれないこともあるし、

条件を満たさなくても、許可を出してくれることもあります。

 

というか、

本来許可など必要なのでしょうか?

 

生きるのに条件や許可など要らないのです。

優柔不断とは、決めれないこと。

誰かの許可を待ち続けていることかもしれません。

 

もう許可を待つ必要はないのです。

 

会社や組織などのルールはありますが、

あなたの心を縛るルールや条件は要らないのです。

 

自由に

カラフルに

生きるのです。

 

 f:id:c_times:20161128235431j:image

 

 

 

 

 

 

counselingtimes.hatenablog.com

 

 

counselingtimes.hatenablog.com