悲しみが大きくても、あなたは弱い存在ではないということ
僕には詩の先生がいて
よく「しゃっしゃっしゃっー」と豪快に笑うのが印象的な先生です。
ここでは先生と呼びますが、
普段は先生と思ってないですし、先生とも呼んでないです。
詩が詳しい人生の先輩、思慮深いおじいちゃんって立ち位置でしょうか。
18歳の時に出会ったのですが、その先生はなんともパワフルな生き方をしていて。
小柄で、弱くて、まともに運動さえできない、そんな体に生まれた先生は、
一生懸命に勉強して、東京大学に入ります。しかし、先生は一流企業や誰もが羨む仕事に就く事をせずに、『日本の美しい言葉や想いが失われていってる』と詩を広める活動を始めます。
その当時は誰も理解してくれなかったそうです。ゴーストライターをしながら、お金にならない詩の普及活動をしていきました。
しかし、その活動は少しずつ広まっていき、
還暦を越えた今ではアメリカや東南アジアに詩を普及させようと動き回ってます。
その先生が、ある時
『僕はね、もし、もう一度生まれ変わるのなら、またこの体に生まれたい。
だってこの体じゃなきゃ、今の僕にはなれないからね。
いや〜きついこともたくさんあったよ。
でも、僕は今の僕が好きなんだよね』
と言ったのを聞いて、ものすごく心が震えたのを覚えてます。
僕も「自分の人生はこれで良かった」と胸を張って言えるようになりたいと
憧れました。
そんな先生と数人で詩の事務所にいた時に、
僕の昔話になりました。学校に行ってなかったことなど話していたら、だんだんと、し〜んと重たい空気になっていきました。
僕の昔の話をすると軽い興味で聞いていた大人達は、
その内容にどう反応していいか、リアクションが分からなくなるみたいです。
また、この嫌〜な感じかとそう思っていた時に、
先生がいきなり
「しゃっしゃっしゃっー」
と笑い出したんですね。
そして、
「その当時も、周りの大人達が深刻になりすぎずに、笑い飛ばしたら良かったんだよ。
子供は大人が深刻な顔をしていると、自分はそれくらい酷い存在だと思っちゃうから ね。しゃっしゃっしゃっー』
なんだこのオヤジ!
笑い飛ばせるくらいな、エピソードじゃ全然ねぇよ!って最初思いました。
でも、時が立ち今思うと、
「君はその学校に行かなかった出来事を気にして生きる必要はないし、そんなことくらいで君の人生にマイナスの影響がでるような弱い人間じゃないよ」
と伝えてくれたような気がします。
その当時は、自分は弱くて、ちっぽけな存在であると思ってました。そしてそのイメージをずっと引きずっていました。しかし
『確かに、つらくて、きつくて、、
悲しみは大きかったかもしれないけど、
だからといって自分は弱い存在だったということではない』
そんな風に今となっては思えます。
あなたも、もし悲しい出来事やつらい出来事に出会うかもしれません、
しかし、だからといって
あなたが弱い存在や、悪い存在だということはありません。
過去を責めて、自分を責めてしまいそうな時は、
どうかそれを思い出してください。