ひとりぼっちで生きようとするのはもうやめて、共に生きていく美しさを
僕はハンマーヘッドシャークというサメが好きです。
サメは海のハンターと言われるくらい我がもの顔で海を自由に泳ぎ回れます。
それなのに、
泳ぎが得意でないことを意味する「かなづち(ハンマー)」という名が付いている、そのアンバランスさに惹かれました。
二十歳の頃、
カウンセラーになりたい夢を持ちながらも、自分自身が人と、
どうしたらうまくコミュニケーションできるか悩んでました。
『人に伝えたい気持ち、想いがたくさんあって
人を救いたい、自分と同じ経験をしている人を楽にしてあげたい。』
そんな気持ちを持ちながらも、
自分自身の過去の経験から、
人を信じるのが怖い、また裏切られるんじゃないかなという矛盾した想いも持っていました。
社会、人間関係、コミュニケーションという海の中を、僕はまだうまく泳ぐことが出来ていませんでした。
自分のことを人間関係の中でうまくやっていけない「かなづち」だなと思っていた時に、
「かなづち」という名が付いているのに、海を自由に泳ぎ回るハンマーヘッドシャークに強く憧れました。
いつかハンマーヘッドシャークが実際の海の中を自由に泳ぎ回るように、
人間関係というコミュニケーションの海の中を、うまく泳いでいきたいと思いました。
ハンマーヘッドシャークに惹かれて調べているうちに、
ハンマーヘッドシャークはサメの中で唯一群れで行動することを知りました。
その群れでの泳ぎはとても美しく、ダイバー達が一度は見てみたい神秘的なものだそうです。
僕はそこで、ふと思いました。
自分一人で傷つかないように、裏切られないように、もう失敗しないように、
一人で社会のなかで生きていこうとするから、うまく行かないんだと。。。
ハンマーヘッドシャークの群れが助け合い、協力して、生きていくように、
失敗したら助けてくれる仲間と
傷ついても一緒に泣いてくれる仲間と
誰かに裏切られても、一緒にやり直してくれる仲間と
人間関係という海の中を巡っていけば、僕も自由に泳ぎ回れるかもしれないと。
人は『失敗すること』ではなく、
『失敗しても誰も助けてくれないこと』が怖いのかもしれません。
人は『裏切られること』ではなく、
『裏切られて自分は「一人ぼっち」だと思うこと』が怖いのかもしれません。
でも、他の誰かに裏切られても、傷付けられても、
自分は「一人ぼっち」ではないと思える相手、友達、家族、恋人がいることで、
僕たちは、前を向いて自分の好きな方向へと生きていけるのではないでしょうか?
一人では「かなづち」な僕らも、
もう一人ではないと分かった時に、自由に生きられる、泳ぎ回れるのではないでしょうか?
ハンマーヘッドシャークが群れで共に泳ぐ姿に人々が感動するように、
私たちは、映画や本の中で、人々が共に生きていく熱い友情や深い家族愛、強い愛で結ばれた恋人達の姿に感動します。
例え
傷ついて、
悔しくて、
誰も分かってくれないと
「一人ぼっち」で生きようと思っても
私たちは、
誰かと共に生きることを望み、
誰かと共に生きることに憧れているのではないでしょうか?
最後に昔つぶやいたツイートをのせます。
傷ついて自分一人の世界に引きこもるのは、簡単ですがとてもツラいことです。
— 桑野 量 (@counselingtimes) July 4, 2015
そこで誰かに助けを求めたり、もう一度信頼しようとすることは、とても勇気がいりますが、一人ぼっちの世界は解かれて繋がりを感じ幸せが待っています。
少しずつ勇気を出してみる価値はあるかもしれません。