人の想いを頭で理解するのではなく、心で受け止めようとしてみる
言葉は少しやっかいなものでもあります。
「愛している」という言葉が窮屈に感じるときもあります。
「分かって欲しい」という言葉が責められるように聞こえるときもあります。
「もう放っといてよ」と言って本当に放っとかれると、
「なんで放っとくのよ」って怒ってしまって
本当は「分かって欲しい。分かってくれなくて寂しい」と伝えたかったのかもしれません。
自分が伝えたい意味と、相手が受け取った意味が違ったり。
自分でもうまく表現出来ないし、相手にもうまく受け取ってもらえない。
あの時の、あの人の言葉はどうゆう意味だったんだろう?
なんて頭を悩ましてしまう時があります。
一回で伝わる想いもあれば、
何回も言葉にしても伝わらない想いもあります。
言葉にしないでも、伝わる想いもあれば
言葉にしなきゃ伝わらない想いもあります。
言葉の意味だけを追いかけても、
相手の気持ちが掴めない時があります。
でも理解はできなくても、
受け止めてあげられる想いがあります。
私たちは、どうしても頭で理解しようしてしまいます。
しかし、頭では理解出来ないことでも、
心では理解できることがあります。
花の美しさは頭では理解出来ないけれど、
心でなら理解出来ます。
私たちは意味や理由を頭だけ追いかけるのでなく、
心で受け止めてあげようとすることで分かり合えることがあるのではないでしょうか?