ありあまる想い
世界はいつも何かに欠けて足りないとすると、
どうしても奪いあうことになってしまう。
この世界がたくさんのもので満ちあふれているのなら、
争いも敵も味方もそんな言葉すら必要ないだろう。
すべての人に分け与えることが出来るのなら、
この世界にどこに悲しみを感じる必要があるだろうか?
ココロの世界は目に見えない。
宇宙の先っぽがどこまで続いてるのかも分からないが、
ココロは宇宙よりもきっと遠く深い。
心に溢れてくる想いは、
もしかしたら無限大の量なのかもしれない。
優しさも、愛も、慈しみも、
その無限に溢れるありあまる想いを分け与えることができたのなら、
きっと世界に悲しみを見つけることは難しくなる。
きっと世界もたくさんのモノで満ちあふれている。
ありあまる世界で、
ありあまる想いをもった僕らは、
一人の世界に閉じこもるには、窮屈すぎる。
今日は何を与えようか?
今日は誰を愛そうか?
そんな毎日が続くのなら、世界に悲しみはない。
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