最後の一口を食べれば幸せになれる?
最近は夏の暑さのせいか?年齢のせいか?
町のご飯屋さんの定食を全部食べる前に、満腹感を感じるようになりました。
(これに乗じてウエストも締まってくれたらありがたいですのですが、、)
やっとお昼が食べれる〜!
お腹を空かして食堂に出かけても、いざ食べていく途中で、お腹いっぱいに。
でも、残すのはもったいないしな〜。
で、お腹いっぱいながら最後まで食べます。
最後の方はちょっと無理して詰め込みます。
ランチの始まる20分前は、あんなにも待ち望んでいた食べ物が、ランチの終わりには、ちょっと我慢が必要な、ある意味試練になってしまうのです。
そして、ランチ後の仕事が始まってしばらくして感じるのです。
『あ〜食べ過ぎた〜!お腹が重い、動けない、苦しい』
1時間前には、あんなにお腹空いて、ご飯を目指して頑張っていたのに、、、、。
ある意味幸せで、ワガママな悩みかもしれませんね。
『ご飯を残していいか?』という道徳的な問題はちょっと横に置いときますが、
最後の一口まで全部食べることは必ずしも心地よさに繋がるワケではないようです。
自分のお腹が満たされて、それ以上に満たそうとすることは、満足感がさらに増えるというよりも、
どこか失敗感というか、どこか心地よくないものが出てきてしまうようです。
もしかしたら、人生においても、、、?
お腹がいっぱいという満腹感は、感覚的にも経験の上でも分かりやすいものかな〜と思います。
これが幸福感、安心感といった言葉に置き換えるとどうでしょうか?
求めようと、満たそうとすればするほど、
実は心地よさと別のものが手に入ってしまっていることがあるかもしれません。
お金を増やそう、求めようとすれば、
欠乏感が強調されてしまったり、
恋人を求めるあまり、
喪失感を感じてしまったり、
完璧を求めて、
自分の不完全さに苦しんだり
私達は追い求めた先に、自分を満たそうとするのではなく、自分を苦しめてしまうこともあるようです。
最後の一口に手を伸ばす前に、
自分が満腹であるかを知っていたら、
その求める手を止めることが出来ます。
あなたが今求めているものは、
あなたにとって心を満たしてくれるものでしょうか?
それとも、、、、?
求めようと伸ばした手を緩めて、
自分の心に当てて聞いてみてもいいかもしれませんね。